この記事の結論
イーロン・マスク氏率いるXの決済サービス「X Money」が米国Premium会員向けに本格稼働。最大6%APY、3%キャッシュバック、41州での送金業ライセンス取得など最新動向と規制リスクを整理します。
X Moneyとは何か:SNSに組み込まれた「銀行機能」
X Moneyは、イーロン・マスク氏が率いるX(旧Twitter)が提供するデジタルウォレット・決済サービスです。ユーザーは銀行口座からX Walletに資金を入金し、他のXユーザーへ送金・受け取りができるほか、預金残高に対する利回りやキャッシュバック付きデビットカードといった特典が用意されています。マスク氏は当初からXを「エブリシング・アプリ(万能アプリ)」へと進化させる構想を掲げており、SNS上の会話やタイムラインの中に金融レイヤーを直接埋め込むことを狙っています。参考モデルとして繰り返し引き合いに出されているのが、中国で決済・配車・請求書支払いまでを1つのアプリで完結させるWeChatです。X Moneyはその欧米版を目指す試みと位置づけられており、PayPal共同創業者としてオンライン決済の世界からキャリアを始めたマスク氏にとっては「原点回帰」のプロジェクトでもあります。
ローンチまでの経緯:招待制ベータから全米Premium会員へ
X Moneyの構想自体は2022年のTwitter買収直後にさかのぼりますが、実際の提供開始は複数回にわたり延期されてきました。2025年にはVisaとの提携が正式化され、当時CEOだったリンダ・ヤッカリーノ氏がVisaとの協業を「X Moneyに関する大型発表の第一弾」と表現しています。2026年3月10日、マスク氏はX上で一般ユーザーの一部に4月から提供を開始すると投稿し、その後は招待制ベータでの検証が進みました。
2026年6月25日には、X Money責任者のDhruv Batura氏が「広範なローンチに先立ち、フィードバック収集と課題解消のため米国のPremium+ユーザーの一部に提供する」と発表。翌26日には米国のPremium会員向けにフル決済サービスが正式稼働し、あるユーザーがマスク氏本人に25ドルを送金してP2P機能をテストし、マスク氏がその決済を公に確認するという象徴的な出来事もありました。7月以降は米国Premium/Premium+加入者への限定展開が続いており、全ユーザーへの完全公開は2026年半ば以降が目標とされていますが、確定した完了時期は公表されていません。
主な機能とスペック:6%APY・3%キャッシュバック・最大1,000万ドルのFDIC保護
X Moneyが注目を集める最大の理由は、その条件の良さです。報道によれば、対象となる預金に対して最大年6%のAPY(年利回り)、Xデビットカードでの対象支出に対して最大3%のキャッシュバックが提供されます。さらに、最大2日早い給与受取(アーリー・ダイレクト・デポジット)、請求書支払い(ビルペイ)、無料のP2P送金、メタル製のVisaデビットカード、ATM手数料・海外事務手数料の無料化といった特典も揃っています。ローンチ時には15ドルのウェルカムボーナスも案内されました。
決済インフラ面ではCross River BankとVisa Directを採用。預金はCross River Bankが運用するキャッシュスイープ・プログラムを通じて複数の金融機関に分散され、FDIC(連邦預金保険公社)による保護が1口座あたり最大1,000万ドルまで拡張されます。これは通常の預金者1人・1銀行あたり25万ドルという上限の約40倍にあたります。なお、初期段階のX Moneyは法定通貨のP2P決済に特化しており、ビットコインやドージコインなどの暗号資産機能は含まれていません。
規制と批判:ウォーレン上院議員の警告とCross River Bankの過去
拡大の一方で、規制当局や議会からの視線は厳しさを増しています。上院銀行委員会の少数党筆頭委員であるエリザベス・ウォーレン上院議員は2026年4月14日、マスク氏宛てに正式な書簡を送付し、消費者保護・国家安全保障・金融システムの安定性の観点からリスクを指摘しました。書簡では、Xの運営実績がX Moneyの運営姿勢を示すものだとすれば、消費者や国家安全保障、金融システムの安定が危険にさらされる可能性があると警告しています。
批判の焦点の一つが提携先のCross River Bankです。同行は2018年に不公正・欺瞞的な行為、2023年には公正貸付に関連する安全性・健全性を欠く行為を理由に、いずれもFDICから執行措置を受けた経緯があります。ウォーレン氏はまた、政策金利の目標水準を大きく上回る6%という利回りをどう捻出するのか、リスクの高い運用やデータの収益化が背景にあるのではないかと疑問を呈しました。さらに、GENIUS法(米ステーブルコイン法)における民間企業向けの例外規定を利用してX Moneyがステーブルコインを発行する可能性についても質問しています。加えて、トランプ政権下でCFPB(消費者金融保護局)が大幅に再編されたことで、本来こうした消費者向け金融商品を監督する連邦機関の機能が弱まっている点も指摘されました。
競争環境:PayPal・Venmo・Cash Appとの戦い、武器は「配信力」
X Moneyが参入する2026年の米国デジタル決済市場は、PayPal、Venmo、Cash Appといった既存プレイヤーが強固な地位を築いています。全米展開のタイミングがPayPalの決算発表直前に重なったこともあり、競争激化を象徴する動きとして市場の注目を集めました。
それでもXには明確な強みがあります。それはディストリビューション(配信力)です。すでにクリエイターをフォローし、日々会話に参加しているユーザーにとって、投げ銭やDM相手との割り勘、有料コンテンツの購入がアプリを切り替えずワンタップで完結する点は摩擦の少ない体験となります。実際、株式・銘柄情報を扱う「Cashtags」機能はデビュー直後に世界で10億ドル規模の取引ボリュームを生んだと報じられており、ソーシャルな engagement を金融トランザクションへ転換できる可能性を示しました。一方でマネー専門家からは、6%APYや3%キャッシュバックはシェア獲得のための「ロスリーダー(客寄せ商品)」だとの見方も出ており、条件が将来維持されるかは不透明です。
今後の展望:ライセンスの空白地帯と日本のユーザーへの示唆
X Moneyは現在、41州とワシントンD.C.で送金業(マネートランスミッター)ライセンスを取得済みですが、規制が厳しいことで知られるニューヨーク州とマサチューセッツ州は未取得のままです。全米カバレッジの完成が、一般公開の前提条件の一つになると見られます。
機能面では、マネー・マーケット口座、「スマートCashtags」経由の株式取引、資産運用サービスなど、単なる送金アプリを超えた構想がマスク氏によって語られています。暗号資産への拡張については現時点で公式な実装はなく、今後のアップデート次第という状況です。日本を含む米国外での提供時期は現時点で未定であり、各国の資金移動業ライセンス取得や規制対応が必要になるため、国内ユーザーがすぐに利用できる見通しは立っていません。日本のユーザーとしては、まずは米国での運用実績、規制当局とのやり取り、そして高利回り条件が持続可能かどうかを見極める段階といえるでしょう。